今日もわんにゃん日和

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1週間で再発、そして痛みとの闘い

めめのリンパ腫は、体表面のリンパ節が複数腫れてくる、いわゆる「多中心型」と呼ばれる形でした。
中~高分化型で、悪性度は低めであったにもかかわらず、2度にわたる細胞診の結果は
(かかりつけの先生いわく)、歯切れの悪いもの、でした。

1週間の入院の間から、めめはブプレノルフィンというオピオイド系の鎮痛剤を使うことになりました。

実は、退院の翌日、めめの体調はひどく悪化したのです。
体調が、というよりは、痛みだったのでしょう。瞳孔が開き、呼吸と心拍が恐ろしく早くなり、
ぐったりとしてしまいました。その夜は覚悟したのですが・・・
翌日、痛みどめを再度注射してもらいに行き、ようやく落ち着きました。

手術の前にL-アスパラキナーゼ、アドリアマイシンを使ったせいもあるのでしょうし、
手術の麻酔の影響もあったでしょう。
それ以前に、めめも若くはない年で、正常値ではありましたが、ここにきて一気に腎臓の数値も
悪くなりました。

BUNやクレアチニンは、正常から逸脱しては正常値に戻る、という繰り返しになってきました。
こうなると、痛みどめも、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症剤)は、腎臓に負担をかけるため使えません。
ブプレノルフィンはNSAIDsよりも強いはずですが、入院中から、どことなく効きが悪い気がしていました。
それでも、それと、ステロイドで押さえていくしかない、という感じでした。

かかりつけの先生と、T病院の間で私がやりとりをして、今後の治療を進めていきたいという希望だったのですが、実際には、薬の考え方の違いもあり、悩ましい日々でした。

恐れていた・・・というよりは、ほぼ、思った通りだったのですが・・・
退院1週間目には、傷跡の下から、リンパ節の無残なふくらみが感じられるようになりました。
とり切れていないのは仕方がないとはいえ、こうも早く再発か、と思わずにいられませんでした。

そして、そこから先は、めめは腫瘍とではなく、痛みと戦うことになった、と私は思います。

腫瘍専門の先生は、痛みのコントロールには、腫瘍の制御がどうしても必要だと考えていました。
そのため、術後に抗がん剤治療を急いで再開したいという方針でした。
腎臓のこともあり、ようやく術後落ち着いているところなのにという思いは、ぬぐえませんでした。

それとともに、抗がん剤はたぶん、少しも効かないだろう、それよりももう、痛みをとることだけを
集中して行っていきたい、というのが私の考えでした。
そのあたりも、2度にわたり先生と話をしたのですが、なんとなく私の思いがうまく伝わらないという感じがありました。

かえって、かかりつけのH先生のほうがよくわかっていてくださいました。
それは、そうですよね。15年もお付き合いがあり、何度か私の子どもたちを看取ってもくださっていて、私の考え方を一番よく御存じなのですから。

すべの治療を、かかりつけの先生のもとで行えないことが、歯がゆかった。仕方ないとはいえ。

そして、何より、痛みどめや抗がん剤、その副作用を抑えるための薬、
まるで調剤薬局の棚を持ってきたみたいな我が家の台所(レイちんも複数の薬を飲んでいるため)

とにかく、私の仕事は、めめの体調を悪化させないこと、そのために、服薬管理と副作用の監視、
効き目を見定めること・・・

そして、毎食の流動食作り。

胃ろうに慣れためめは、機嫌がいいと、私が流動食を用意して部屋に持っていくと、
膝の上や、暖かいベッドの上で、居住まいを治して、じっと給餌を受け入れてくれるようになりました。
口は通らないけれど、お腹が暖かい食べ物で満たされる感覚は、悪いものではなかったようです。

気が向けば、ひと口ふた口、普通のフードに口をつけることもありました。
本当は、まだまだ口から食べたかったのだと思います。
口をあけて食べ始めてすぐ、痛みで口を閉じて、顔をそむけてしまいます。
その様子が、哀れでした。

なんとか、痛みだけとってやりたい。
ずっとずっと、そのことばかりを考えていました。

胃ろうという選択

めめのために、腫瘍の減量手術とともに、もうひとつお願いしたことがありました。

それが、「胃ろう」でした。
胃におなかの外とつながる管を通し、そこから食物を入れる。
人間では、ときどき介護のことで問題になることがありますので、ご存知の方も多いと思います。
それを、つけてくださるよう、お願いしました。

手術そのものは、腫瘍を取り除くよりももっとずっと簡単です。
数年前から、猫にも、食道ろう(食道チューブ)と同様に、選択できるようになっていました。

めめは、手術をしてもしなくても、早晩、口から食べることができなくなる、と思ったのです。
けれども腫瘍は、喉のあたりに限局しており、肺にも腸にも肝臓にも、転移の様子はありませんでした。

腫瘍のせいで食べられなくなったら、体は元気なまま・・・食欲もあるまま
食べたくても食べられないで、苦しむことになる。
それはかわいそうだ、と考えたからでした。

後々になって、そのことを、また深く、問い直し考え直すことにはなりました。
けれども、胃ろうによって、めめが術後しばらくの間、お腹を空かすこともなく、
それなりのQOLを保てたのは、間違いない、そこだけは、というところです。

わざわざお腹に穴をあけなくても、経鼻胃管というものもあります。
しかし、猫が自分で容易に引き抜いてしまうこと、管が細く、流動食を入れるには
不自由だということもわかりました。

胃ろうは、つけていても、食べたいと本猫が思えば、口から自由に摂食できるのです。
もし、この先運よくリンパ腫がおとなしくなれば、また口から食べることができる。
体力さえあれば、外してやることも難しくない。
そう考えたのでした。

めめは、無事麻酔から覚めました。

腫瘍は、ほとんど切除(といっても、こそげとるという感じでした)できたようでしたし、
ほかに目に見える転移もありませんでした。

ただ、口腔内にすでに浸潤していて、それが歯の根元の神経を侵していました。
もともと口内炎といわれていたものも、歯に起因していたようでした。
抜歯も選択肢にありましたが、術中、血圧が安定しなかったとのことで、
痛みの原因であろう歯を処置することは、できなかったようです。

このことは、あとあとまで悩みの中心に居座ることになりました。

リンパ腫の発病から手術まで

それまで、慢性の口内炎と、数年に1度ぐらいある、自己免疫系な皮膚炎以外、
めめたんこは、大きな病気はしませんでした。
白血病陽性の猫と暮らしていて、そのことは一番の喜びでした。
原因不明の皮膚炎で、下半身がぐじゅぐじゅの状態で保護した当時、
白血病陽性とわかって、長くは一緒にいられないと悲観しましたが、
ソウジのときと同じく、まぁまぁ健康に、それなりに楽しく、彼女は我が家での
生活を楽しんでくれていた、と、思います。

2013年12月半ば、彼女の顎の下のリンパ節に、小指の先ほどの腫れをみつけました。
慢性口内炎がある彼女が、リンパ節を腫らすことは、珍しいことではありません。
けれども、たいていの場合、リンパ節が腫れていれば、口内炎の症状が強く、
痛みがあってご飯がおいしくない、そういう状況でした。
このときは、違いました。表面上、彼女にはなんの変化もありませんでした。

12月18日、受診。
いつものとおり、抗生剤を使いつつ、1~2週間様子を見ている間に、
その不吉な腫れは、どんどん大きくなっていきました。
折悪しく、年末年始にかかり、その間も、腫れは膨らみ、みるみるうちに、数センチ大の
瘤になっていきました。

腫瘍が大きくなるにつれ、食欲が少しずつ減退していきました。
1月半ば、麻酔をかけて組織を切り取る生検。
1週間後、リンパ腫の診断が出ました。

ショックは、特に受けませんでした。
長いこと覚悟していたことが、起こった。
めめたんこの、砂時計の残りが、限られてきたことが、わかってしまった。
そういうことなのだと私は理解していました。

リンパ腫では、抗がん剤が効き、腫瘍が消えるところまで持っていければ、1~2年の延命も
期待できます。
しかし、抗がん剤の効き目が薄ければ、経過的には3ヶ月程度・・・

何よりも、腫瘍によって彼女の生活の質が損なわれる事態は避けたいと思いました。
まして、治療によってQOLが低下することは、もっと避けたいと思っていました。

最初から、実は抗がん剤にはあまり期待していませんでした。
なぜなら、抗生剤とともに投与したステロイドによって、全く腫瘍が小さくなる様子はなかったから。
リンパ腫の抗がん剤プロトコルに、ステロイドが入っているのです。単剤でも効くことがあります。
それと、なにより、「白血病陽性」これは、陰性の子がリンパ腫にかかるより、格段に予後が
悪いことがわかっているからです。

かといって、完全に放置してよいかというと、そうでもないなと思っていました。
腫瘍は、顎の下、喉のところです。
多くの神経や、太い血管、気道がある場所です。
外側に腫れるなら大きな害はないかもしれない。
でも、内側に浸潤し始めたら、「首を絞める」のと同じことになるからです。

セカンドオピニオンを、受けることにしました。
腫瘍の専門医が来る、都内の病院に事情を話し、予約を入れました。

セカンド先T病院の院長先生、腫瘍の専門医の先生と2週にわたって詳しく話をして・・
私の希望(QOLをあげていける治療をしたいこと)を話して

腫瘍が限局していること、相当の早さで大きくなっていること、どうも抗がん剤が効きそうにないこと
などから、術前に一度抗がん剤治療を行ったあと、腫瘍の減量手術を行うことで意見が一致しました。

「首が締まる」状態になることを防ぐこととが主たる目的です。
すでにここでは、完治を目指す治療は行わない、と私は解釈していましたし、
その結果めめが辛い状態を回避でき、延命につながるのであればそれがよいだろうと考えたのです。

2月6日、めめの手術は行われました。
その前週、前々週に、L-アスパラキナーゼと、エンドキサンを各1回投与しましたが・・・
予想通り、腫瘍は小さくなる気配もなく、効果はなかったと考えられました。

幸い、副作用らしいものもなく、めめは手術の日を迎えました。
しかし、腫瘍の影響なのか、それまで使っていた口内炎の痛みどめをやめてステロイドに切り替えた
せいなのか・・・

手術の前あたりから、めめは痛みがあるらしく、ご飯をあまり食べない日が続いていました。

めめたんこ、虹の橋へゆきました

meme1.jpg

3月29日土曜日、昼。
めめたんこは、眠ったまま、静かに旅立ちました。
享年、推定8~10歳。我が家に来て、6年と8カ月ほど。

昨年の12月から、リンパ腫を患っていました。

彼女の旅立ちは「安楽死」という形です。
がんの浸潤による強い痛みを、どうしてもとってやることができなくなったのです。
私たち家族と、かかりつけH先生、何人もの関わってくださった先生方、そして、
なによりも、めめ自身と繰り返し繰り返し語り合い、最後に決めたことでした。

彼女を苦痛から解放してあげられたことに、悔いはありません。
けれども、彼女の看病の経過は、はたしてそれが正しいことだったのか・・・
私の中では、疑問も後悔も、残っています。
一飼い主として、もの言わぬわが子の親として、そのときに応じて最良と思われる選択を
していった結果、でもあります。

FBではほぼリアルタイムで、親しく友人たちと経過をシェアさせていただいてきました。
それは、私にとって、何物にも代えがたい心の支えでした。

めめの経過は、残念なことですが、辛い時間が多く、その記事を読む友人たちにも
辛い時間を共有させてしまったことには、忸怩たる思いがあります。

ブログでは、いくつかのポイントに絞って、書きとどめておきたいと思います。

60年ぶりに日本国内でデング熱―地球温暖化の影響?

60年ぶりに国内で「デング熱」感染が確認されたというニュースが出ています。
どういうことなのか、ちょっと見てみましょう。

デング熱は、蚊(ネッタイシマカ ヒトスジシマカ)が媒介するデングウイルスによる感染症で、4類感染症に分類されています。
4類感染症とは、感染症法に基づいて、発症を確認したすべての医師・医療機関が確認次第すぐに、保健所を通じて国に届を出す必要のある感染症です。狂犬病、炭阻、日本脳炎などと同じグループです。
感染症法に基づく医師の届け出のお願い(厚労省)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html

熱、頭痛、発疹など、ハシカににた症状が出ますが、対症療法しかなく、まれに出血性の症状を表し、死にいたることがあります。
「デング熱」(メルクマニュアル)
http://merckmanual.jp/mmpej/sec14/ch191/ch191b.html?qt=%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B0%E7%86%B1%20&alt=sh

国内では、この60年間感染が確認されていませんでした。デングウイルスを媒介するネッタイシマカは日本には生息していません。ヒトスジシマカは、もともと西日本の蚊で、第二次大戦中に沖縄、長崎、大阪などでデング熱の大規模な感染を引き起こした経緯があります。現在では、北海道と青森県を除くすべての都府県に生息しているようです。
「ヒトスジシマカの生態と東北地方における分布の拡大」(感染症情報センター)
 http://idsc.nih.go.jp/iasr/32/376/dj3766.html

今回、国内で感染された可能性があるのは、ドイツ人の旅行者で、(1)旅行前に感染したとは考えにくい(2)潜伏期間(3)この旅行者が山梨県内で蚊に刺されていると報告―などから、日本国内で感染した可能性がある ということで、「日本国内での感染例」として扱われています。

「デング熱の国内感染疑いの症例について」(1月10日 厚生労働省の通知)
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/0000034380.pdf
診断までの経緯は、資料の3ページめに詳述されています。

厚労省は、各都道府県に対して、管轄下の医療機関・医師に、デング熱に関する情報提供を行い、デング熱感染が疑われる患者がいた場合は、その患者が蚊に刺されないよう指導するように求めています。
(患者が蚊に刺される→その蚊がデング熱を媒介するから)

デング熱は、人→蚊→人感染なので、犬や猫などのペットは関係しないようです。

地球温暖化で、本来生息しない生物が、生息域を拡大しているといわれています。昆虫では、ツマグロヒョウモン、ムラサキシジミなどの蝶がよく例にとりあげられていますが、ヒトスジシマカもそうなのですね。
「環境を考える 地球温暖化」(京都新聞)
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/special/ecology/eco/eco01.html

考えさせられることがたくさんあります。
まずは、蚊に刺されないように、もう少し注意をするほうがよさそうです。
私たち日本人は、蚊に刺されることに、無頓着ですからね。


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プロフィール

中村 麻衣(亮子@クウカイママ)

Author:中村 麻衣(亮子@クウカイママ)
【私】
ピーナッツ県在住
愛玩動物飼養管理士1級
J-HANBSインストラクター
4ワン1ニャンの母
地域の犬猫ボランティア
本業・医療を専攻するライター

もう我が家に犬猫は増やせませんともさ!!

【レイ】
MIX猫去勢♂ 
1998年生まれ
民間保護施設より譲受
白黒の変顔じいちゃん
2015年2月11日卒去

【めめ】
MIX猫避妊♀
推定2004年生まれ
近所の公園で保護
究極のお膝にゃんこ
FilVプラス
2014年3月29日卒去

【クウカイ】
MIX犬去勢♂
2005年生まれ
香川県高松市で保護
くちょ真面目むぱぞう
9歳でクリッカードッグとしてデビュー
たまにAAEのわんこ先生を務める。

【麟】
柴犬去勢済み♂
推定2006年生まれ
近所の公園で保護
趣味・おとしゃんを齧ること
クリッカー柴の道を驀進中。


【キララ】
MIXメス 2004年生まれ。
もと福島の被災犬
面倒見がよく物見高いお嬢様
セラピードッグ、AAEの
わんこ先生として活動していたが引退。

【ゴンザレス・チャーシュー】
MIX猫オス 年齢不詳
茶トラの中の茶トラ
特技はジャイアン系熱唱。
福島は新地町で保護される。
オスなのに乳腺腫瘍発症。
良性だったけどFIV+だし、
ウチの子決定。現在8.1キロ。

【サチコさん】
白柴系ミックス犬、推定15歳超
(2015年6月18日現在)
ゆえあって元主が飼育を放棄したため
我が家へ。亮子は介護者認定。
得意技は「5歳若かったらただじゃおかない」ムキ顔。


【おとしゃん】
いろいろと忍耐づよき配偶者。
寛容だが犬扱いは依然へたくそ。
もともと猫の人。
脊髄反射でしゃべる。

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