今日もわんにゃん日和

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愛護センター見学の意味と目的

私が、自分の暮らす県などの愛護センター見学をしようと思った理由を書こうと思います。


自分にできる愛護活動を探す原点に


昨年、ひろしまドッグぱーくの事件の報に接して追うなかで、いろいろなことを考えました。
さまざまな人の意見を見聞きし、犬や猫をはじめとしたペット動物たちのおかれる状況を見るうち、自分自身がさて、どう感じ、どう考え、どう動いたらいいのか、という疑問にたびたびぶつかりました。

そのときそのときに、自分自身が納得する方法を選んできたつもりですが、振り返ればさて、自分自身は何に立脚してその方法を選んだのだろうか、と最終的な疑問にぶつかる気がしました。

その疑問が、さらに膨れ上がり、自分の中でも落ち着きどころがなく感じているのが、今もまだ続く、和泉のブルセラ症感染犬たちの問題です。

また日本全国でも多くの方が、地域猫の問題に取り組んだり、愛護団体を作って犬や猫の救出活動にあたっておられる。その方たちの活動を見聞きするにつけ、自分に手伝えることはなんだろうか、と考えてしまいます。

私自身の猫たちも犬も、みな保護した子ばかりです。今いるレイとクウカイの幸せのために、今後自分の家に他の子を引き取ることはしないでおこう、と思っています。一時預かりも、よほどのことがないかぎり、できません。レイの神経質さ、病歴を考えたら、彼にとってはクウカイで限界です。また、経済的にも、私の時間も、クウカイがこれから先、股関節を悪化させないために、また万が一悪化したときのために、余力をみておかなければいけません。

寄付や物資援助は、折に触れ、していこうと思います。
ですが、ドッグぱーくの問題をみても、お金が絡むことの怖さ、難しさを痛感せざるをえません。
お金を出すことは、責任を伴います。たかが自分のお小遣い程度の金額であろうと、それは、そのお金を託した人たちへの賛同の意味があり、またその使途について口を出すことがあとからはできないものでもあります。では、何を基準に、寄付や物資援助を行うのか、という問題にもなります。

私が仕事上一番得意なことは、こうやってブログなりなんなりで、人に伝えたり、意見を述べてみることです。これは、遊びではない。でも、仕事でもない。ボランティアと呼ぶにはふさわしいかもしれないけれども、これも責任は重いことではないかと思います。ソースが不確かなことや、当て推量に過ぎないことは書いてしまわないように心がけています。また、一時的な感情に流されたりすることも極力したくない。感情は抜きに語れない部分はありますが、それに流されてはことの本質を見失います。だが、それだけで十分なんだろうか?

自分で物を書くときには、可能な限り現場に行くのが基本です。自分の目で見る。自分の五感を働かせ、その場にいる人の言葉を聞き取る。その上で、広く一般の意見に鑑みて、ことの本質は何かを問いかけていくこと。仕事の上での考え方ですが、それを、私ができる愛護活動の考え方にも応用したい。

愛護センター訪問・見学は、その原点になると考えています。


なぜ愛護センターなのか


各都道府県の愛護センターは、これもまた本来は、動物愛護活動の最先端であるはずの場所です。
「愛護センター」という名称がいつごろからのことなのか、これも私は勉強不足で知りません。
ですが、愛護センターを、文字通り動物愛護のためだけの場所、そこへ行けば動物たちは幸せな未来を約束される場所であるとは、誰も思っていない。実際に違う。

しかしながら、愛護のための啓発活動などの取り組みもはじめられています。
致死処分をどうにか減らしたい、無くしたいと思っていない職員はいないだろうし、啓発活動もそのための取り組みにほかならないのです。

愛護センターには、悲惨な光景がある。たくさんの写真、本、ブログ、サイトで拝見しました。
そのイメージだけを、確かめに行くのではありません。
こんなに悲惨で、こんなに哀しいことを実際にこの目で確認した。だからこれをやめる方法を考えようよ。
そういうアピールも、もちろんできるし、していくと思います。
だけど、それだけにしたくないと思っています。

愛護センターが、愛護と名づけられながら、愛護の正反対のことを請け負わなければならない矛盾。
愛護センターが、愛護の施設になるためには、何が必要なのか。矛盾をどう取り除けばいいのか。
それを考えるヒントは、行って、そこで働く人たちと交流を持つことによって得られるのではないか。

愛護センターは、各自治体の行政機関です。
いわば、行政の姿勢が現れた場所ということになります。
自分の住む県、住んだことのある県、隣の県では、どんな取り組みがされているのだろうか。
それを知ることは、住民としてはごく基本的なことでもあります。

これから、意見を言ったりすることもある機関です。訪れたこともない、実体も知らないで、何も言えないではないか、と思います。

これまで、愛護のことを考える上で、行政と対話をすることは、なによりも大切なことになると痛感しました。理解していなければ、話はできません。対話ができなければ、何も解決しません。


致死処分施設を見たいと申し出たのはなぜか


愛護運動、という観点で言えば、やはり、どのような施設でどのようなことが行われているか知らなければ話にならない、ということになります。そして、それがどのような場所であれ、日本の、自分の住む地域の、現実であることを受け止めるところから、はじめなければならないと思います。

また、これはもちろん感情論でもありますが、殺されていかなければならない動物たちの姿を、きちんと見なければならない。自分では今すぐこの手で救い出してあげることができない。それはどういうことなのかを、しっかり心に刻んでこなければいけないと思います。

そして、その処分を行う人の話を、聞いてて、受け止めてこなければならない。


私の償いという意味


私が、犬や猫の保護にこだわるわけは、http://blogs.yahoo.co.jp/ryokoshizaki/42207582.html
に記してあります。私は、子供の頃、犬や猫を不幸な目に合わせてしまったことがあります。
それだけではありません。

つい、数年前ですが、友人が自宅の庭で生まれた子猫(近所の猫だそうですが)に困り、捕まえたといって相談の電話を受けたことがあります。当時私は3頭の猫がいて保護は無理。勤務の仕事で昼も夜もないような生活をしていましたから、里親探しも引き受けられない。私は、「どうしようもないなら、自分の手で保健所へ持っていって」と言いました。そうすれば、子猫たちが殺されることは、わかっていましたが、他に、どうしてあげればよい、ということを全く知らなかったんです。

そのことは、ずっと心の中に澱のように沈み、非常に辛い思いでした。
そんなヤツが、愛護のことなんて語っていいんかい?

私は、自分の飼っていた犬や猫が「連れて行かれた」場所がどのようなところか知りません。
友人が、やむなく箱に詰めた猫を連れて行った場所が、どのようなところか知りません。
それでいいんかい?

保護した猫や犬を幸せにしてやること。
それだけでは、私の償いは、済まないんです。
まずは、あの子達を送り込んだ場所へ行って、謝ってこなければなりません。
いずれは、私の郷里の施設へも、行くつもりです。


一人では行かない理由


一人で施設を見学し、話を聞いてきてももちろんいいはずです。
「一人で行けないなら行く意味がない」というご意見も、確かにいただいています。
だけど、複数で行く、というメリットはちゃんとあります。

まずその前に、masamiさんとは、これまでお話してきて、一緒に何かできることをやっていきましょう、同じ関東に住むもの同士、仲間として互いに勉強し、活動の知恵を出し合いましょう、というお話をしています。ですから、なるべく一緒にできることはしたいと思っています。

複数で行くメリットは、一人で見る、聞く、感じたことより、複数の目で見、耳で聞き、心で感じたことを、話し合うことによって、偏った考え方にならずにすむと思います。互いに意見を出し合うことで、自分とは違った観点を知ることができます。誰かに質問するにしても、私一人の質問より、何人かが質問することで、違う答えが引き出される可能性もありますよね。

もうひとつのメリットは、非常にショックを受けた場合に、気分が悪くなったりしても、互いに助け合えるという点です。

施設にいる動物たちの目をみることは、どれだけ辛いことになるのか。
それは、これまで見たもので十分想像できる。わかる。
犬を、猫を、飼っていればよりいっそう、辛いことに違いない。
自分で書いたらおかしいですが、私はとてもそういうことに弱いです。もともと、精神的に強いほうではありません。かなり重度のうつで何年も動けなかったという体験もしています。

今回、辛い思いを体験しに行くにとどまるわけではありません。
その思いを乗り越えて、自分ができることのヒントを見つけてくることが目的。

個人的な思いはあるにしても、個人的な思いにとらわれてしまいたくない。
でも、一人で行ってしまえば、きっと私は落ち込んでその先が見えなくなるだろう。
だから、masamiさんに一緒に行きましょう、と言いました。

そして、同じように、「見たら動けなくなる、辛すぎる」と思って、行けないでいる方に、もし複数であれば大丈夫そうだと思われるなら、一緒に行きませんか? と伝えたかったんです。


額にしわを寄せないで行きたい


長々と書いてきましたが、私は、こんないろんな思いを心に溢れさせながら見学を決めました。
だけど、額にしわを寄せて、ガチガチに力んで行くのはよそう、と思っています。

心を静かに持って、なるべく自然な気持ちで行きたいなと思っています。
肩から力を抜いて、柔軟な頭で行ってこようと思っています。

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プロフィール

中村 麻衣(亮子@クウカイママ)

Author:中村 麻衣(亮子@クウカイママ)
【私】
ピーナッツ県在住
愛玩動物飼養管理士1級
J-HANBSインストラクター
4ワン1ニャンの母
地域の犬猫ボランティア
本業・医療を専攻するライター

もう我が家に犬猫は増やせませんともさ!!

【レイ】
MIX猫去勢♂ 
1998年生まれ
民間保護施設より譲受
白黒の変顔じいちゃん
2015年2月11日卒去

【めめ】
MIX猫避妊♀
推定2004年生まれ
近所の公園で保護
究極のお膝にゃんこ
FilVプラス
2014年3月29日卒去

【クウカイ】
MIX犬去勢♂
2005年生まれ
香川県高松市で保護
くちょ真面目むぱぞう
9歳でクリッカードッグとしてデビュー
たまにAAEのわんこ先生を務める。

【麟】
柴犬去勢済み♂
推定2006年生まれ
近所の公園で保護
趣味・おとしゃんを齧ること
クリッカー柴の道を驀進中。


【キララ】
MIXメス 2004年生まれ。
もと福島の被災犬
面倒見がよく物見高いお嬢様
セラピードッグ、AAEの
わんこ先生として活動していたが引退。

【ゴンザレス・チャーシュー】
MIX猫オス 年齢不詳
茶トラの中の茶トラ
特技はジャイアン系熱唱。
福島は新地町で保護される。
オスなのに乳腺腫瘍発症。
良性だったけどFIV+だし、
ウチの子決定。現在8.1キロ。

【サチコさん】
白柴系ミックス犬、推定15歳超
(2015年6月18日現在)
ゆえあって元主が飼育を放棄したため
我が家へ。亮子は介護者認定。
得意技は「5歳若かったらただじゃおかない」ムキ顔。


【おとしゃん】
いろいろと忍耐づよき配偶者。
寛容だが犬扱いは依然へたくそ。
もともと猫の人。
脊髄反射でしゃべる。

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